フォーマル・儀式の着物
「染の百趣 矢野」に惚れ込んだ理由。 ― ものづくりへの想いが重なった日 ―

「良い作品は、良い作り手から生まれる」
最近つくづく、そう感じています。
そして、ご縁の大切さを痛感しています。
着物にとって、柄や色、生地の良し悪しは大切です。
でも私たちは、それ以上に「誰が、どんな思いで作っているのか」を大切にしたいと思っています。
だから私は、産地へ行き、工房を訪ね、職人さんや作家さんと直接お話をする時間を何より大切にしています。
どんなに美しい作品でも、その背景にある考え方に共感できなければ、お客様へ自信を持っておすすめすることはできません。
その意味で、「染の百趣 矢野」は、山本呉服店にとって特別な存在です。
今では毎年「京裳苑」に作品をご出品いただいている矢野さんですが、もちろん最初からお付き合いがあったわけではありません。
「山本さんは、一度矢野さんに会ってみるといいですよ。」
まだ山本呉服店が直接お取引をしていなかった頃、ご紹介いただいたのが始まりでした。
「矢野さんは、作品をとても大切にしている方です。
作品をぞんざいに扱うお店や、売れればそれでいいという考えのお店とは付き合われません。
山本さんなら大丈夫だと思いますが、着物への思いをしっかり伝えるといいですよ。」
その言葉を聞いて、正直少し緊張しました。
伝統工芸の職人さんの世界は、一種独特な世界です。
資本主義の“流通”では割り切れない、精神性が重視されます。私も呉服屋に生まれ育って、仕事をしていく中で慣れてはいるものの、あえてそう言われるのは特別なのだろう。
どんな社長さんなんだろう。
そんな思いで母と一緒に京都の会社を訪ねました。
案内された二階には、立派な塗りの桐箪笥が整然と並び、作品は一枚も見当たりません。
静かで、凛とした空気。
その空気だけで、「この会社は違う」と感じたことを今でも覚えています。
「着物は売って終わりではありません」
名刺交換を終えたあと、私たちは山本呉服店のことをお話ししました。
私たちは、着物を箪笥にしまっておくために販売しているのではありません。
着ていただいてこそ、着物は美しい。
だから、ご購入いただいた着物は着付けもお手入れもできる限りお手伝いし、お客様と一緒にお食事会や旅行、京都へのイベントなども続けています。
「また着たい。」
そう思っていただけることが、私たちの一番の喜びです。
そんな話を黙って聞いてくださっていた矢野の社長が、ゆっくり立ち上がり、桐箪笥を開けられました。
「それなら、是非、作品を見てください。」
一枚、また一枚と取り出される友禅。
その瞬間の感動は、今でも忘れられません。
写真では何度も見ていました。
でも、本物はまったく違いました。
生地の質感。
染めの細かさ。
色の美しさ。
一枚一枚から、「絶対に妥協しない」という職人さんの気迫が伝わってきました。
「うち一軒くらい、本当に良いものだけを作る染屋があってもいいでしょう。」
社長が笑いながら話されたその言葉は、今でも私の心に残っています。

私が好きになったのは、作品だけではありません。
もちろん作品は素晴らしいです。
でも、それ以上に私は、矢野さんのものづくりに対する姿勢に惹かれました。
良いものしか作らない。
それに相応しい生地しか使わない。
納得できないものは世に出さない。
そして、作品を大切にしてくれるお店にしか託さない。
そこまで徹底する人だからこそ、あの作品が生まれていく。
凛とした、背筋が伸びる着物。
私はその媚びない作風が大好きです。
実は、京裳苑でこれだけ作品が並ぶことは、とても特別なことです。
矢野さんは、どこのお店にも同じように作品を出されるわけではありません。
ブランド名だけを並べたいお店には、ほんの数枚しかご紹介されないこともあります。
一方で、長く信頼関係を築いてきたお店には、その年に完成した作品を豊富に見せてくださいます。
だから京裳苑では、
「この柄も素敵。」
「こちらの色もいい。」
と、たくさんの作品を見比べながら選んでいただけます。
私は、この時間がとても好きです。
お客様が迷いながらも、本当に気に入った一枚に出会われる瞬間を見るのが嬉しいのです。
さらに、長年のお付き合いの中で、「少しでも多くの方に着ていただきたい」という私たちの思いにも共感していただき、できる限りご協力もいただいています。

最高級の友禅だからといって、「特別な人だけの着物」にしたいわけではありません。
本当に良いものを、本当に好きな方へ届けたい。
その思いは、矢野さんも、私たちも同じです。
だから私は、今年も自信を持って「染の百趣 矢野」をおすすめしています。
着物業界では今、職人の高齢化や後継者不足が進み、本当に良いものを作れる職人は年々少なくなっています。
年間数十枚しか作れない限られた作品を、どのお店に託すのか。
その判断は、メーカーさんの信頼に委ねられています。
だから私は、長くお付き合いがあるから大丈夫とは思っていません。
毎年、「今年も山本呉服店にお願いしたい」と思っていただける店であり続けたい。
お客様に喜んでいただき、作り手の思いをきちんと伝え、その価値を理解してくださる方へお届けすること。その積み重ねが信頼につながると信じています。
最高の作品を作る人がいて、その価値を正しく伝える私たちがいて、袖を通し、大切に受け継いでくださるお客様がいる。
私は、そのご縁がつながって初めて、本当に価値のある一枚になると思っています。
だからこれからも、自信を持って「染の百趣 矢野」をご紹介します。
(文・山本千恵子)
こちらも参考に
*京都「染の百趣矢野」
👉 日本を代表する友禅、最高峰の技が生み出す、一生寄り添う一枚
*スタイリング写真
👉 Instagram 染の百趣矢野 夏の附下
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